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史実に忠実に復元された本丸御殿 特別史跡「名古屋城」 |
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2026年3月17日(火)、名古屋城へやって来ました。 |
重要文化財の「表二之門」をくぐり「本丸」へ。 |
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桝形の石垣を通り過ぎると木造復元された「本丸御殿」が現れます。 |
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このカラーコーンで仕切られた部分が「本丸御殿」へ入場するための列のようです。 |
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「中之口部屋」横の玄関から御殿に入ります。 |
玄関を入るといきなり「一乃間」の壁画がお出迎え。 |
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竹林と勇猛な虎や豹が描かれた金地の壁壁画。 |
障壁画「竹林豹虎図」。 |
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「大廊下」を歩いて「表書院」へ。 |
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続いて「表書院」。ここは正式な謁見用だったそうです。 |
本丸御殿でいちばん広大な建物。 |
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そしてここが「対面所」。藩主が身内や家臣と対面や宴会をした建物。 |
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尾張徳川家はお金持ちだったのですね。 |
4部屋から構成されているそうです。 |
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2026年3月17日(火)、名古屋城へやって来ました。名古屋城は昨年11月にも訪れましたが、今回は空いている平日あさイチに入場し、「本丸御殿」をじっくり見学することにしました。実は名古屋城は今年10月から入場料を現在の500円から2倍の1000円に値上げすることが決まっているので、500円のうちに見ておこうと思ったのです。正直なところ、1000円にしても安いくらいで、今の500円というのはいくら何でも安すぎです。 名古屋城には「正門」と「東門」があり、本来は「正門」から入るのがいいのでしょうけど、実は地下鉄「名古屋城駅」からは「東門」のほうがわかりやすく、歩く距離も少し短いのです。そのため普段は「東門」を利用していますが、今回は「正門」から入りました。午前10時前に入ったので、まだ本丸御殿へは待ち時間なしで入れました。本丸御殿はユーチューバーや海外のインフルエンサーたちがPRしてくれたおかげで「豪華絢爛」が世界中に知れ渡っていて、海外からの入場者もかなり訪れます。平日でも日中は入場待ちの行列ができ、休日ともなると1〜2時間待ちは当たり前のようです。 本丸御殿の玄関はさきほど歩いてきたところにありましたが、普段見学者は「中之口部屋」横の玄関から御殿に入ります。ここで荷物をコインロッカーに預けるか、ショルダーバッグやリュックサックは体の前にして歩くかを選択させられます。そしていきなり金ピカの玄関がお出迎え。玄関と言っても18畳と28畳の2部屋からなり、竹林と虎や豹が描かれた金地の障壁画「竹林豹虎図」が飾られています。 続いて「表書院」、「対面所」と続きます。「表書院」は正式な謁見に用いられた本丸御殿でいちばん広い建物。本丸御殿はいくつもの建物が寄せ集まってできているのです。「対面所」は藩主が身内や家臣との私的な対面や宴会に用いた建物。18畳の「上段乃間」、18畳の「次乃間」、24畳の「納戸一乃間」、24畳の「納戸ニ乃間」の4部屋からなり、「上段乃間」と「次乃間」の間の障壁画は風俗図」と呼ばれ、京都や和歌山の四季の建物や名所が描かれているそうです。 |
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名古屋城本丸御殿の中でも特に「豪華絢爛」なのが「上洛殿」。 |
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1634年(寛永11)に、三代将軍家光が京都に向かう途中、名古屋城に宿泊するために増築されたのが「上洛殿」。江戸時代には御成書院と呼ばれていて、室内の装飾は細部まで贅の限りが尽くされ、当時33歳の狩野探幽(かのうたんゆう)によって描かれた「帝鑑図(ていかんず)」や「雪中梅竹鳥図(せっちゅうばいちくちょうず)」などは傑作とされています。 |
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この彫刻欄間はすごいとしか形容のことばがありません。 |
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そして金で装飾された釘かくし。 |
本丸御殿再建に際して最も大変だったそうです。 |
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このように釘を打った部分にはすべて釘かくしが施されています。 |
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見事な「彫刻欄間」。 |
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将軍が宿泊するだけのために、ここまで豪華な御殿を造る必要があったのでしょうかね。 |
思わず目を見張る数々。 |
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「上洛殿」は「上段之間(15畳)」、「一之間(18畳)」、「ニ之間(22畳)」、「三之間(21畳)」、「松之間(20畳)」、納戸之間(10畳)」の6部屋あり、どの部屋を見ても驚きの連続。 |
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見学コースの最後に「上台所」がありました。 |
これは「大谷翔平」のサイン入り切株。 |
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名古屋城本丸御殿の中でも特に豪華絢爛なのが「上洛殿」。1634年(寛永11)に、三代将軍家光が京都に向かう途中、名古屋城に宿泊するために増築されたのが「上洛殿」で、江戸時代には御成書院と呼ばれていて、室内の装飾は細部まで贅の限りが尽くされ、当時33歳の狩野探幽(かのうたんゆう)によって描かれた「帝鑑図(ていかんず)」や「雪中梅竹鳥図(せっちゅうばいちくちょうず)」などは傑作とされています。 「上洛殿」は「上段之間(15畳)」、「一之間(18畳)」、「ニ之間(22畳)」、「三之間(21畳)」、「松之間(20畳)」、納戸之間(10畳)」の6部屋あり、どの部屋を見ても驚きの連続。将軍が宿泊するだけのために、ここまで豪華な御殿を造る必要があったのでしょうかね。おじいちゃんである「家康」が見たらどう思ったでしょうか。 |
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![]() 一度外に出て「玄関・車寄」の前を通りました。 |
![]() この建物が「表書院」。 |
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そして「上洛殿」。 |
![]() 時代劇に出て来そうな風景。 |
![]() 将軍専用の風呂場「湯殿書院」に到着。 |
![]() 実際は上洛殿」と中でつながっていますが、見学コースはいったん外に出てここから入るようになっていました。 |
![]() 湯殿書院にも「一之間」と「ニ之間」がありました。 |
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ふすまの金具もすべて「金」で装飾。 |
ここで着替えたのでしょうか。 |
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「湯殿」です。大きな部屋の中に総檜造の風呂場がありました。 |
![]() 風呂場と言ってもお湯に浸かるわけではなく |
![]() 床下から湯気が出て来る「サウナ式蒸し風呂」。 |
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ここは「上段之間」。入浴後にくつろいだのでしょうか。 |
![]() 上段之間は部屋が明るくなる工夫がされているとの説明で・・・ |
![]() 敷居が3本あり1本は障子になっているそうです。 |
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何と言いますか、安寧の時代になって、これほどまで将軍をもてなす必要があったのでしょうか。 |
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そんなことを考えながら本丸御殿を外から眺めていました。 |
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名古屋城本丸御殿平面図。見学のしおりをスキャンしました。 |
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本丸御殿を再建した際、テレビ番組で将軍専用の風呂「湯殿書院」として紹介されたので、その存在は知っていましたが、見学コースを回ってもどこにもなかったのです。係員に尋ねるといったん外で出て、外から入るようになっているとの案内でした。なぜそうしているのかわかりませんが、上洛殿と湯殿書院は当然つながっているわけで、湯殿書院が見学者でいっぱいにならないようにするための措置でしょうか。 湯殿書院は将軍専用の風呂場(湯殿)ですが、風呂といっても現在のように湯船はなく、外にある釜で湯を沸かし湯気を内部に引き込む蒸風呂。床は排水のために傾き、排水溝が設けられていましたが、蒸風呂として使用されなくなって以降、水平に改造されたと考えられるそうです。斜面床だった時の記録が残されていないため、古写真にみられる水平床で復元されているそうです。 |
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本丸御殿を見学後、名古屋城のシンボル「天守」も見てきました。 |
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名古屋城は「大天守」と「小天守」からなる連立天守。「金のしゃちほこ」で有名。 |
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そのシンボル天守は耐震不足を理由に閉鎖中。 |
まあ、中に入っても歴史資料館ですけどね。 |
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それでもせっかく来たのにとガッカリして帰る人が多いと聞きます。 |
通称「清正石」。最近の研究でこの石を曳いたのは清正ではないと判明したようです。 |
![]() 「旧二ノ丸東二之門」。 |
![]() 以前は二ノ丸東側にあった東鉄門の二之門。重要文化財。 |
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本丸の周りの空堀。 |
2頭のシカ「やまむら」と「もみじ」がいます。 |
![]() さきほどの大きな石を曳く加藤清正像。 |
![]() そろそろ「本丸」を出ます。 |
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本丸御殿を堪能したあとは、名古屋城のシンボル「天守」を見に来ました。一般的は「天守閣」と呼びますが、正式には「天守」だそうです。名古屋城は大天守と小天守からなる連立天守で、大天守は地上5階地下1階建て。史上最大の延床面積を持ち、上質な木曽檜が使われていたそうです。破風は国内の城で最多の22を数えます。 有名な金シャチは北側が雄、南側が雌と言われ、大きさとデザインが異なります。鯱は頭が龍、胴が魚という空想の生物で、火災を防ぐ守り神として飾られました。創建時の金鯱には慶長大判1,940枚、重さ215.3キログラムの金が使われていたそうです。 残念ながら天守・金鯱は1945年(昭和20)5月14日の空襲で焼失し、1959年(昭和34)に鉄骨鉄筋コンクリート造で外観が復元。内部は歴史博物館になっていて、私は子供の頃に入ってがっかりした記憶があります。また、外観も外付けのエレベーターがあるのが非常に残念。現在は耐震不足で中に入ることもできなくされています。 |
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「表二之門(南二之門)」(重要文化財)から出てきました。 |
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本丸南東角にあるのが「東南隅櫓(本丸辰巳櫓)」(重要文化財)。 |
外壁の劣化が気になります。 |
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「西之丸」方面へ向かいます。 |
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手前が「西南隅櫓(本丸未申櫓)」(重要文化財)。 |
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当時のまま残る隅櫓は3つ。 |
かつてあった「多門櫓」との接続部が塞がれているのが見えます。 |
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西之丸から見た「大天守」。「小天守」は樹木で覆われて見えません。 |
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本丸から見るより迫力があります。 |
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「御深井丸」側。あちこちコンクリートに劣化があるようです。 |
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さすが床面積日本一の大天守。 |
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石垣に掘られた普請大名の名前。 |
こういう印を探すのも石垣マニアの楽しみだそうです。 |
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「西北隅櫓(御深井丸戌亥櫓)」(重要文化財)。清州城から移築された木材が使用されています。 |
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「乃木倉庫」(登録有形文化財)。 |
![]() 最近の研究でこの倉庫が建てられた時期と乃木希典の赴任時期が合わないことが判明。 |
![]() 「登録有形文化財」のプレート。 |
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このあたりから「エスパシオ・ナゴヤキャッスル」が見えます。 |
![]() 「西之丸」に戻りました。特別天然記念物「名古屋城のカヤ」。 |
![]() 江戸時代に編まれた『金城温古録』によると、1610年(慶長15)の築城開始以前からこの地にあるそうです。 |
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「西の丸御蔵城宝館」。 |
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保存されている焼失前の鯱。 |
焼失前の本丸御殿の「襖」(重要文化財)。 |
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二之丸に残る「那古野城跡」。 |
二之丸には名勝「二之丸庭園」があります。 |
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「二之丸」の「大手二之門」(重要文化財)。 |
二之丸南エリアは有料エリア外。 |
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そして「愛知県体育館」があります。まもなく取り壊される予定。 |
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二之丸にある「東門」入口。 |
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名古屋城は残念ながら空襲で焼失したため、石垣などが特別史跡に指定されているだけ。 |
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本丸から西之丸、御深井丸、二之丸をめぐるルートです。クリックするとGoogleマップが開きます。 |
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本丸を出たあと、「西之丸」、「御深井丸」、「二之丸」と散策しました。本丸の東南と南西、それに御深井丸に築城当時から残る3つの隅櫓があります。通常は非公開なのですが、何かのイベントの際に特別公開されることがあります。3つの隅櫓のうち、御深井丸に残る「西北隅櫓(御深井丸戌亥櫓)」(重要文化財)は城内唯一の三重櫓で、現存する三重櫓の中で全国2番目の規模、清州城から移築された木材が使用されています。 御深井丸には「乃木倉庫」があり、明治時代に陸軍省の予備弾薬庫として建てられた現存最古の洋式弾薬庫。1931年(昭和6)の一般公開にあたり、かつて名古屋に在任した、後に陸軍大将となる乃木希典にちなんで「乃木倉庫」と呼ばれるようになったそうですが、最近の研究でこの倉庫が建てられた時期と乃木希典の赴任時期が合わないことが判明。1945年(昭和20)の名古屋空襲の際、本丸御殿から取り外した障壁画などを事前にこの倉庫に避難させてあったため、被災を免れたことでも有名です。 二之丸には歴史的建造物は残っておらず、唯一、有料エリア外に「二之丸」の「大手二之門」(重要文化財)があるのみ。二之丸は北エリアと南エリアに区分され、北エリアには「那古野城跡」や名勝「二之丸庭園」があります。南エリアは有料エリア外で、現在は「愛知県体育館」が建っています。しかしIGアリーナ建設によるその使命を終え、まもなく取り壊されることになっています。 |
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特別史跡「名古屋城」全景マップ。 |
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現在の本丸。「特別史跡名古屋城跡木造天守整備基本計画」より。 |
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そして天守木造復元ののち、「多門櫓」「や失われた「東北隅櫓」などを整備する「本丸将来構想」。 |
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「本丸将来構想」の完成予想パース。私の生きているうちに見ることができるかどうか。 |
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地下鉄「名古屋城駅」にある「名古屋城内郭絵図」。名古屋城へお越しの際はぜひご覧ください。 |
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今回は名古屋に住みながら、あまり普段ゆっくり見学することのない「名古屋城」を巡ってきました。名古屋城は日本の城郭建築の中の「国宝第一号」でしたが、残念ながら1945年の空襲で多くを焼失。天守は1959年(昭和34)に鉄骨鉄筋コンクリート造で外観が復元、本丸御殿は2018年(平成30)に御殿内を彩った障壁画とともに、史実に忠実に復元されました。 ご存じのとおり、名古屋城の天守を木造復元する計画があり、すでに木材は調達済で竹中工務店との間で施工調印も結んでいます。「特別史跡名古屋城跡木造天守整備基本計画」で詳細な木造復元計画が作られていますが、天守のバリアフリー問題で現在計画は中断したまま。 史実に忠実な復元とバリアフリー。この2つが合いいることは不可能と思います。現在天守内部に可能な限り上階まで「垂直昇降装置」を設置することで、メーカーが型式認定を取得している最中ですが、身障者団体からは大型エレベーターの設置要望があり、いまだ名古屋市と障害者団体の間で合意に至っていません。 私にはどこまで史実に忠実に復元するのかわかりませんが、仮に完成したとして再び国宝としての価値が認められるまでには数百年かかります。私たちの世代で後世の人たちに築城当時の姿を残すためには、障害者が自由に行動できるドローンのような次世代装置ができるまで、内部を非公開にしてしまうというのも一案ではないかと思います。 |
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地下鉄名古屋城からのアクセスルートをご紹介します。最寄りの出入口は「7番」。城の門をイメージした上家が目印。 |
地下鉄名古屋城駅7番出入口を出た横にある「アットナゴヤ」のモニュメント。後方に見えるのは「名古屋市役所本庁舎」と「愛知県庁本庁舎」です。記念撮影にどうぞ。 |
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名古屋城駅7番出入口から東門まではゆっくり歩いて約5分。 |
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名古屋城「東門」までのルートは「金シャチ横丁・宗春ゾーン」を通って行きます。 |
外国人観光客に人気の撮影スポット。おいしい名古屋の水道水「名城金鯱水」。 |
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最近樹木を伐採して明るく広くなりました。 |
金シャチ横丁はもうひとつ、正門側に「義直ゾーン」があります。 |
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「宗春ゾーン」はスイーツと名古屋めしのお店があります。 |
お城の帰りにここで休憩といったコンセプト。 |
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ここが「東門」への入口。ここまで来てもまだ「天守」は見えません。 |
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「東門」。ここから有料エリアです。本丸までは約5分。地下鉄で訪れるときは「東門」ルートが近くてオススメ。 |
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地下鉄名古屋城駅7番出入口からのルートマップです。地下鉄でお越しの際は「東門」が便利。クリックするとGoogleマップが開きます。 |
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今回は旅行記でも紀行でもなく、名古屋に住む私が地元の「名古屋城」を紹介させていただきました。わが家から名古屋城までは直線距離で約2キロ、道なりに歩いても30分ほどで着きます。そこでみなさんが名古屋城観光にお越しになる際のルート案内をさせていただきます。 地下鉄でお越しの際は、名城線名古屋城駅の北改札を出て7番出入口から地上に出ます。7番出入口は1989年の「世界デザイン博」開催の際、お城の門をイメージした上家に改修されました。なかなかの出来栄えです。7番出入口を出ると「アットナゴヤ」のモニュメントがあり、記念撮影スポットになっています。後方に「名古屋市役所本庁舎」と「愛知県庁本庁舎」が写り込むように配置されています。 ここから「東門」へは「金シャチ横丁・宗春ゾーン」を歩いて5分ほどで到着。「宗春ゾーン」はスイーツやあんかけパスタなどの「名古屋めし」を提供する飲食店が並んでいますので、お城見学のあとでここで休憩されるといいです。ただし、ここにはおみやげ店はないので、おみやげは有料エリア内の売店で購入しておいてください。 「東門」から本丸入口までは徒歩で約5分。地下鉄名古屋城駅7番出入口を出てから10分はかかりません。「表二之門(南二之門)」から本丸に入り、目の前に「本丸御殿」が現れます。本丸御殿の入口は建物東側にありますが、平日でも入場待ちの列ができ、休日ともなると1〜2時間待ちは当たり前のようです。お時間に余裕を持ってお越しください。 |
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今度は「正門」側をご案内します。地下鉄名古屋城駅7番出入口からは西へ500m歩いて左折。正門入口まではさらに300mほどあり徒歩で20分近くかかります。 |
「正門」が便利なのは市バス「名古屋城正門前」バス停と観光ルートバス「メーグル」。メーグルは「名古屋駅バスターミナル」から乗車できますが、市バスは「栄オアシス21」から乗車することになります。 |
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バス停の南側に「名古屋能楽堂」があります。 |
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正門と反対方向になりますが、名古屋能楽堂の南に「加藤清正像」があります。 |
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「正門」の手前にもうひとつの「金シャチ横丁」「義直ゾーンがあります。 |
「義直ゾーン」も名古屋めしを提供する飲食店が多くありますが、こちらにはおみやげ店もあります。 |
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観光バスやマイカー、観光ルートバス「メーグル」でお越しの際は「義直ゾーン」が便利。 |
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「義直ゾーン」は江戸時代の町並みをイメージして作られています。伊勢神宮の「おかげ横丁」が手本のようです。 |
ここでも一番人気は「矢場とん」でしょうかね。 |
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「義直ゾーン」の前の歩道を歩くと「名古屋城正門」に到着。 |
![]() 名古屋人の私からすると、「東門」のほうが馴染みがあって、「正門」を利用する機会は少ないです。 |
![]() 名古屋城が離宮だったことの記念碑。 |
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ようやく「正門(旧榎多御門)」に到着。 |
なかなか立派な門構です。 |
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名古屋駅から「観光ルートバス「メーグル」を利用される場合は「名古屋城正門前」で下車。これがいちばん歩く距離が短いです。また「加藤清正像」や「名古屋能楽堂」も近いです。 |
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名古屋城の「正門」は城郭の南西にあり、地下鉄名古屋城駅からはかなり距離があります。どうしても「正門」から入りたい人は止めませんが、明らかに「東門」からのほうが近いです。しかし観光バスやマイカー駐車場が正門前にあるほか、「加藤清正像」や「名古屋能楽堂」などがこちらにあるので、それらに用事のある場合は正門のほうがいいでしょう。 いっぽう、名古屋駅から観光ルートバス「メーグル」でやって来る場合は、市バス「名古屋城正門前」バス停に停車するのでとても便利です。ネックは運行本数が少ないことでしょう。市バスも走っていますが、栄オアシス21バスターミナル発着路線しかないので、わざわざ栄まで地下鉄で来て、栄から市バスに乗るのは合理性に欠けます。どうしても歩きたくない人で、公共交通機関で来たいという人は、観光ルートバス「メーグル」をご利用ください。 |
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名古屋城の東側と北側には「藤の回廊」があります。 |
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東側は「金シャチ横丁・宗春ゾーン」の先にあるので、名古屋城「東門」を出たあと、金シャチ横丁と反対側に歩くと「藤の回廊」です。 |
藤の季節に訪れることができるなら、ぜひとも名古屋城観光のあとに、「藤の回廊」を散策してください。 |
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東側の「藤の回廊」を歩いて、水堀に沿って西にも藤棚があります。 |
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そのまま歩くとGoogleマップで「天守閣撮影スポット」というところに着きます。 |
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藤の開花時期にお越しの際は、「藤の回廊」を散策されるのがオススメ。名城公園との間の水堀沿いを歩くと、天守閣撮影スポットに着きます。ただしここは日中「逆光」になります。クリックするとGoogleマップが開きます。 |
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最後に「藤の回廊」をご紹介いたします。「藤の回廊」は名古屋城の東側と北側にあり、東側は「金シャチ横丁・宗春ゾーン」から、「東門」に入らずにそのまま北進するとあります。名古屋の藤の開花時期は年々早くなる傾向にあって、以前はゴールデンウイークくらいだったのが、今は桜が終わるとすぐに藤というくらい早く開花するようになりました。 「藤の回廊」にはいくつかの品種の藤が植えられていて、品種によって若干の開花時期の差があります。おおむね赤系が咲きに咲いて、それから紫系、最後に白系でしょうか。「藤の回廊」を歩きながら水堀の近くを散策するのもいいものです。ちなみにここは劇場版「名探偵コナン・緋色の弾丸」で描かれた場所で、外国人観光客を中心にコナン映画の聖地巡礼をしている人も大勢います。 |
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